平成9年卒

堀口 雅則

弁護士

『答えがない』ことを海城で学んだ

『和尚』『スーパー和尚』『ハイパー和尚』。高校3年間での僕のリングネームです。海城には『海城プロレス』という伝統的な文化祭の興行があって。高1で入学して間もない頃に、同級生で一番強いと言われているヤツにスカウトされ、3年間、リングに上がりました。体育館の2階にあるマシーンを借りてひたすら筋トレをしていました。中学生の教室の方に行くと、「あ!和尚さんだ!」と、けっこう人気者だったんですよ(笑)。

否定がない

変なヤツだったと思いますよ。スキンヘッド(だから、和尚と呼ばれていました)で筋トレしているのに、マンガ好きでアニメ研究会所属。ロッカーの中は全部マンガで、いろんなヤツが借りに来ました。茶髪、ロン毛、腰パンみたいないわゆるイケてるヤツと少女マンガの話で盛り上がったり。落語も好きで、学校帰りに末廣亭に行ったり、ウォークマンで落語を聞いたりしてたんですけど、同じクラスの普段あまりやりとりのないヤツが「何聞いてんの?俺にも聞かせてよ」と。たまたま五代目志ん生を聞いていて、イヤホンを片耳ずつ刺して聞いたことを今でも覚えてますね。映画好きなヤツに誘われて、一緒に試写会に行くこともありました。いろんな人がいて、自分の領分だけでなく、お互いにちょっとずつ興味を持ちながら関わっていたのは面白かったですね。みんながみんな、先生も含めて、ずっと先を行っている。音楽にしたって、何にしたって、最先端のものを知っている。だから、全部教えてもらったし、僕もできる限り自分がおもしろいと思うものを伝えようとがんばっていました。お互いに刺激し合う関係だったと思います。

それに、人のやっていることを否定するようなことは、まずなかった。海城では、「○○は良くない」と言われたことがない。だから、やってみるし、読んでみる、見てみる、手を出してみる。あの3年間、一番多感な時期に何も制限されなかったし、東京のド真ん中で遊ばせてもらって。そういう経験があったから、今でも、いろんな分野に手を出せるし、本を読まなきゃ、勉強しなきゃなという姿勢になりますよね。

勉強面に関しても、「正解はこれ。だから、これじゃないとダメ」と言われたことがない。正解を教えるという教育はしていないんです。入学して、一番最初の数学の実力テストが平均点37点、最高点62点という結果だったんですけど、僕は確か0点だったんですよ。0点だとさすがにかっこ悪いから、家に帰る時に0の脇に1をつけて10点にしたんですけど(笑)。でも、0点という点数にショックを受けるというよりも、答えまでの過程がどうなっているのかを、じっくり時間を取って教えてくれたことに驚きました。それが、どの科目もそうだったんですよ。いろんな意見を持った先生方がいて、その先生方が何らかの専門性をお持ちだったから、教員のレベルが高いといえば、そうなんでしょうけど、学ぶこととは何かということをわかってらっしゃって、生徒の『解像度』を上げることに注力されていた気がしますね。知識を教えるというよりも、見方を教えるというか。いま、『考える力』って盛んに言われていますけど、海城では解像度を上げるために知識を与えていく。だから、物事に対して、解像度を上げていくことが勉強なんだと気づきましたし、『答えがない』ということがわかりました。

裏方

高校時代は政治家志望でした。みんなが自分の能力を発揮できるような社会を目指したいと考えていたので、そのシステム作りに関心があったんです。それで、東大に行きたいと考えていたんですけど。一浪して、センター試験の数学Ⅱ・Bで恐ろしく失敗しまして。数Ⅰ・Aのみで受験できる学校を探し、筑波大学を受験しました。在学中は学生会長に加え、体育会合気道部の活動に明け暮れ、気付けば4年生。就職どうしようとなったときに、法学専攻だったこともあり、司法試験を受験、弁護士になりました。

所属している法律事務所の所長である長嶋憲一先生がスポーツ法務の草分け的存在なこともあり、自分も、同じスポーツ法務の分野で活動、現在は、日本バスケットボール選手会や日本ラグビーフットボール選手会を担当しています。弁護士という職業は、人に寄り添えるという点で大きなやりがいを感じますね。でも、いま、こうやってインタビューを受けていますが、人に夢を与えられる職業ではないんですよ、裏方なので。僕らが解決できるのは法的なトラブルだけなんです。つらいとき、苦しいときに、人の心をうわーっと奮い立たせたり、励ましたりできるのはスポーツ選手やアーティストなんですよね。だから、スポーツ選手が安心して力を発揮できるようサポートすることで、間接的に夢を与えるお手伝いができるのは、スポーツ法務のいいところだと思っています。

思い描いていた自分と違う自分

シーズンが始まると、毎週末、試合を観戦に行っています。おかげでバスケット、ラグビーのルールにも詳しくなりました(笑)。弁護士には、すぐにクライアントの元に駆けつけられるフットワークの軽さ、クライアントにコミットしようと思うこと、労力を惜しまないこと、それに、社会の変化に合わせて法律は変わっていきますから、常に学び続ける姿勢、それから気持ちの切り替えが必要だと思います。もし、弁護士を希望する中高生がいたら、いろんな経験を積んでおくことを勧めます。結局は人のナマの姿と向き合うわけですから、いろいろな場面を通じて、人を見ておくことが大事かと。

でも、海城生だった頃の自分に弁護士になったと伝えたら驚くでしょうね。考えていた自分とはまったく違う自分になっているわけですから。十代の頃に考えていたことが大人になってそのまま結実するかというと、そんなことはないんですよ。だから、海城生には、その時その時をきっちり楽しんでほしいです。浪人するかもとか男子校だから彼女がいないとか、人より後れをとることを恐れないで、その時その時を楽しく生きるということに心を配ってほしい。やりたいことをやって、やりたくないことはやらなければいい。オタクになる必要もないし、好きなことだけつまみ食いすればいいと思います。勉強はした方がいいと思うけども(笑)。何がどう、その後につながっていくかわかりませんから。僕は、高校3年間、スーパー楽しかった。あの3年間があったから、その後、伸びたと思っています。

僕自身としては、今後、選手会が組織として発展途上なので、しっかりと確立するお手伝いをしたいですね。これが、短期的な目標。長期的には、スポーツにこだわらず、他の分野、いま、宇宙法の勉強とかもしているんですけど。大学のときに宇宙ゴミのレポートを書かされた縁で。宇宙法の勉強会に入れていただいたので、一から勉強し直しているんです。こうやって新しい法分野を開拓して、弁護士を続けるのか、スポーツも含めて政策を作る側にまわるのか。いずれにせよ、チャレンジしていきたいと思っています。

堀口 雅則

弁護士