平成8年卒

高橋 修一郎

株式会社リバネス代表取締役社長COO

多様性のなかで問う「自分は?」

茨城県の日立生まれ、水戸育ちです。父はエンジニアで、母は自然言語処理の研究者。中学を卒業するタイミングで、母が大学をうつることになり、それに付いて東京に行くことにしたんです。そこで、東京の高校を調べるなかで、良さそうに思った海城を受験しました。入学すると、中学から上がってくる人の方が多いし、おまけに茨城出身で知り合いもいない。特にやりにくさは感じませんでしたけど、マイノリティーの立場で、人間関係がすでにできあがっている中に加わっていくというのは、とてもいい経験になりました。

高校時代はあまり目立った生徒ではなかったと思います。成績も普通だったし。ちょいちょい怒られたり、物理の試験で一度、0点を取ったことはありますけど(笑)。熱中していたのは、部活、サッカー部ですかね。と言っても、実は1年生のうちはほとんど練習に出ていないんですが。入学した年にJリーグが始まって、その影響で30~40人くらい入部したんです。僕は小さい頃からずっとやってきたので、わりと得意だったんですけど、練習の時はボール拾いのボールすら回ってこない。最初の2、3か月だけ出て、ここにいても意味ないなと思って、放課後はクラスの仲間と遊んでいました。年が明けて、ようやく部員が減ってきたので復帰。存分に楽しみましたね。今はサッカー部、強いみたいですね。僕の時は特に強くはなかったですけど、すごくいい仲間に恵まれて、今でもたまに会っています。海外在住の奴がいたり、職業もいろいろですが、会うと素が出せる。そんな存在って、貴重ですよね。

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金太郎飴ではなく

進学校だから、金太郎飴みたいなものかと思っていましたが、予想に反して、いろんな奴がいましたね。おもしろい奴らと過ごした3年間の日常が、僕にとって一番価値のあることかな。「自分はこういうものに興味がある」「これが好きなんだ」という多様な集団に身を置けたから、自分は?と問うことができた。それと高校時代は、すごく落ち着いて本を読むことができましたね。『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス著)、『ゾウの時間 ネズミの時間 -サイズの生物学』(本川達雄著)、『分子進化の中立説』(木村資生著)といった本から生き物のおもしろさに出会って、分子生物学こそがこれから世の中の医療や農業などを変えていくだろうなと思いました。それで、生物学を突き詰めよう、生物学の研究者になろうと決めたんです。母が研究者だったこともあり、研究者になるという将来像は自分にとっては自然なことでした。正直に言えば、それ以外の選択肢をそもそも考えたことはなかったんですけどね。当時はゴリゴリのバイオテクノロジーを学べる大学はあまりなくて、一浪して東工大の生命理工学部に入学しました。

4年生で研究室に入ると、光合成の研究に取り組んだんですけど、めちゃくちゃ楽しかったですね。すごくいい先生にも恵まれて、ひたすら実験の日々だったんですけど、大学院進学を前に、もうちょっと社会に役立つテーマの方が自分にフィットするのではという考えが浮かびました。研究の原動力って、好奇心だったり課題感だったり、人によって様々だと思うんですけど、僕はそれまでにも「ここ、おかしいだろう」と違和感や憤りを感じたことがきっかけとなり行動することが多く、課題寄りなんです。それで植物で社会に関わる課題を考えてみると、やはり農業に行きつきました。それで、あちこちの農学研究者の話を聞きに行ったんですが、その中で植物の病気によって食糧が何億人分も失われていて、世界の飢餓問題と深く関わりがあるということを知りました。それならば自分がこの分野で研究をして、人の命を救えるような成果を生み出せたらいいなと。それで大学院からは東大の新領域創成科学科で植物の病気をテーマに研究することにしました。

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院生15人で起業

研究者を目指していましたから、博士課程に進むことは最初から決めていました。でも、研究を進めるなかで、なかなか社会との接点を見つけ出すことが難しい大学研究の現状を肌で感じて、その思いはやがて、「今のアカデミアの在り方でいいのだろうか」そんな大きな問いに広がりました。そこで、「自分たちの研究所を自分たちでつくりたい」と、修士2年のときに大学院生の仲間15人でリバネスを立ち上げました。会社を立ち上げてまず始めたのが、子どもたちに先端科学を教える出前実験教室。当時は、子どもの理科嫌い、理科離れが問題になっていて、その解決のために自分たちで大好きな先端科学を届けに行こうと。手間をかけて、熱を込めて実験教室を行う。事業としてはかなり苦労しましたが、専門的な知識をわかりやすく伝える実験教室って、実は、研究者にとってもわかりやすく科学技術を伝える力を身につける訓練にもなるんです。そういう意味では、僕自身も次世代の科学に興味を持ってくれた子どもたちに鍛えられました。

現在、リバネスでは、教育、人材、研究、創業の4プロジェクトを軸に事業を展開していて、中高生のための学会『サイエンスキャッスル』も開催しています。海城の生徒たちも参加してくれていて、賞も取っているんですよ。僕にとって、後輩たちと接する機会は大きな刺激になっています。海城生には、興味を持ったことや感じている課題に向けて一歩目を踏み出すことを勧めたいですね。小さなことでもいい。仲間にまみれて、いろんな経験をする。そのプロセスはすごく大事だし、未来の糧になります。僕自身も研究者を志すなかでの原体験がもとになって、いまは会社を経営しています。レールが無いなか、手探りで進んできましたが、自分の選んだ道を正解にするのは、やはり自分自身だと思っています。

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世の中には課題があふれている

僕も、新しいチャレンジをし続けたいですよね。世の中には課題があふれていて、次々とやりたいことがあふれてきます。現状にとどまらず、自分の心を捉えた課題にまっすぐに当たっていきたいですね。今、世の中では起業家教育が盛んにおこなわれていますが、一方で教え過ぎてしまってはいけないと考えています。僕もスタートした時には、ビジネスの知識も経験もまったくなかった。飲食店のバイト経験があったくらいで。でも、何も知らないからこそ、一歩目を踏み出せたのかもしれない。だから、まだ何も知らない状態の価値とか、あえて教えないことの価値みたいなものを僕は考えています。一人ひとりにとって大切なことは、自分の向かう先を自分で決めること。原動力は、好奇心や課題感だと思うので、それに出会うための経験やきっかけを創り出すのが、教育だと思うんです。って、海城の先生方に「かっこつけやがって」って言われそうですけど(笑)。自分と仲間の力で世の中をよりよくしていく夢を持っていますし、そういう姿勢を見せ続けたいと思っています。

高橋 修一郎

株式会社リバネス代表取締役社長COO