担当教科について

“複眼的に” “有機的に”語ろう

社会(公民) / 福島 俊和

Q1 担当教科に興味を持ったきっかけを教えてください。

教科名としての「社会」ではなく、“世の中”という意味での「社会」には、小さい頃から興味があったように思います。小3か小4のときの夏休みの自由研究は、周りの子が食パンの黴びる様子などを題材にしていたなかで、「伊豆大島の人々の暮らし」を取り上げたように記憶しています。今から30年近く前の伊豆大島では、年配女性たちが荷物の入ったかごを頭に乗せて運ぶ姿がまだまだ見られたんですよ。あとは、フェリーの入港する港がその日の風向きによって変わるとか、三原山の近くの砂漠にはラクダがいたとか、そういうことに興味を持って自由研究をやっていましたね。中高では世界史が大好きで、資料集を学校用と自宅用の二冊を持っていていつも眺めているような子でしたけど、一方で今教えている公民(政治・経済、倫理)は大して興味がなかったというのが正直なところです。

大学では、広田照幸の『陸軍将校の教育社会史』に出会って、あっこれだっと感じて専門課程は教育社会学(歴史社会学)に進みました。ですから、法学部とか文学部での、いわゆる「政治・経済」「倫理」直系のトレーニングは受けていないのですが、公民という科目に興味を持った、というかそこで教えられている内容って実はすごくおもしろかったんだなあと感じたのは、小熊英二の『「日本人」の境界』で政策論とか社会思想研究がバンバン出てくるのに衝撃を受けたことが直接的なきっかけでしょうか。政治学とか近代思想とかアイデンティティ論など様々な方法論が縦横無尽に入り乱れた論考にはものすごく惹かれました。雑食で器用貧乏なところのあった自分にはこれだと思いました。それが政経・倫理につながっているといえばこじつけになってしまうんでしょうけど、今でも政経・倫理や社会1・2・3を“複眼的に”“有機的に”語ろうとする自分の姿勢の淵源はここらへんなのかな、と思っています。

あと、もう一つ挙げられるのならば、食わず嫌いだった法学に興味を持てたのは、長谷部恭男の憲法論に触れてからでしょうか。そこそこ勉強し始めてからずっと疑問に思っていた“立憲主義”と“国民主権”の緊張関係などに法哲学的な攻め方で小気味好く切り込んでいくのを読んで、世界にはスゴい人もいるもんだなあと。法学をしっかりと学んでみたいなと仕事を持ってからでも強く思えたのはそれが契機だと思います。

 

Q2 担当教科の魅力を教えてください。

こんなことをいうと怒られそうですが、公民(政治・経済、倫理)は現行の大学受験においてはあまり活躍しない(できない)科目です。しかも、中高生が“学んでいるとき”は、そのありがたみもよくわからない科目なのかな、という気もします。しかし、“社会に出た後”に、知識というよりかは「理念」とか「考え方」としてものすごく支えになってくれる、そんな存在が公民という科目が伝えようとしていることなんだと思います。

「政治・経済」で生徒たちはつい、何々権をめぐる判例のひとつとして何々事件があるがそこでの最高裁の判例は~、といった学び方をしがちです。ですが、そうではないところで授業の価値があるのかなと思っています。教科書には載っていない事例なのですが、神戸高専剣道実技拒否事件では「信教の自由」と「学校の規律(集団の凝集性)」の比較衡量が問題となりました(と私は説明しています)。

生徒たちにどう考えるか聞いてみると、多くの生徒は「必修なのだから、履修拒否はおかしい」「信教の自由を理由に何でも拒否していいのか」といった態度をとります。たしかに彼らは日頃から集団(社会)の多数派の立場からついつい考えがちで、相手がとても大事にしたいこと、場合によってはそのことに命を賭すこともいとわないことがあっても、その人数が少ないということを理由に相手に我慢させがちなのではないかと思うんですね。もしくは、これまでの彼らの人生で、そういった構図で我慢させられてきたことが多かったということもあるのかもしれません。

でも彼らに問いたいのは、例えばお互いの立場が逆だったとしても本当にその主張で押し通そうと思うのかい、といったことや、相手が本当に譲れないと考えていることに対して自分としてちょっとでも譲れることがないのか考えてみよう、ということなんですね。それらは、そもそも信教の自由が人類の思想史においてどのようにして保護に値すると考えられるようになったのか、ということを彼らに気づかせてくれる問いだと思いますし、そこまでいかなくても、日頃字面だけになりがちな“共生”とか“多様性”といったことについて立ち止まって考えてみるきっかけになるんじゃないかと思っています。ここまでくると、生徒の方から「倫理」で学んだモンテーニュやパスカルの思想を持ちだしてきて納得する場面も見られますね。「政治・経済」と「倫理」は、受験科目としてはもしかしたら相性が悪い取り合わせなのかもしれませんが、“人類の英知”という観点からは実はつながっているのだと強く感じます。

という大言壮語を授業で定期的に吐いていますが、それをにやにやと聞きながら受け止めてくれる海城の生徒たちには本当に恵まれたなあと常々思っています。

福島 俊和

社会(公民) / 福島 俊和