• 中学総合講座「生きること 働くこと 考えること―職人の世界から」第3回 鮨「久遠」店主 野口智雄氏をお迎えして

中学総合講座「生きること 働くこと 考えること―職人の世界から」第3回 鮨「久遠」店主 野口智雄氏をお迎えして

2018.03.14

  • 講習

様々な分野での「職人」をゲストとしてお呼びし、「生きること、働くこと、考えること」をテーマに議論をする中学総合講座。第3回目は「鮨との出会い、修行、出店の中で考えたこと―心地よい鮨屋の空間を求めて」と題して、住宅街にひっそりとお店を構える鮨「久遠」の店主、野口智雄さんにお越しいただきました。

野口さんのお話は、「自分は鮨屋になろうと思ったことは一度もありません」という、意表を突く言葉で始まりました。野口さんは、中学卒業後から15年間、親方や先輩から厳しい指導を受け、文字通りの修行を重ねました。その後、ホテルのアジア担当の総責任者として、東南アジア各国に建設されるホテル内の鮨屋のプロデュースなども任されました。帰国後、鮨懐石店などを経て、ご自分のお店を渋谷区内に開店しました。

「料理を覚えるテクニックだけの修業なら3年で十分かもしれない。しかし、自分で店を持ち、その店を何十年も守り続けられるだけの人間としての器量を身に付けるには、とても3年では出来ない」

「修行をやっていくと体が変わっていく。お鮨を扱える体になっていく。不思議なことに何年も何年も水を扱っていると、指が水を含むようになり、そうすると指に米が全くつかなくなってくる」

「一度、我慢を覚えた人間は、絶対に他人に優しくできる力をもっている」

「高いお金をいただいている以上、お鮨がおいしいことは当たり前。でも美味しいだけなら1回は来てくれるが、2回、3回と来てくれるとは限らない。鮨屋のカウンターは、お客さんと相対するステージ。そこでどのように美しく握れるか。お客さんとどのような会話を作り、その場の空気を和ませ、暖められるか。たとえばここぞというお客さんの人生の節目の記念日に、使ってもらえるようなお店になれるか」

「たいしたことではないと思うかもしれないが、毎日毎日、仕込みを含め同じ事を手を抜かずに、繰り返してずっとやり続けることがどんなに大変なことなのか。少し世間からよい評判を取ると人は過信してしまい、手をつい抜いてしまいがち。よい評判を取るのは大変だが、落ちるのはあっという間」

「休みはほとんど取れないが、もしも取れるときには落語や歌舞伎、演劇などをなるべく見るようにしている。特に落語の最初のつかみは、お客さんとの会話で参考になることが多い」

――フロアーの質問に答える形で話された野口さんの言葉の数々は、どれも握力が強く、生徒たちの心をワシ掴みにしたようです。

野口さんが修行で身に付けてきたものは、料理の腕前だけでなく、周囲に対する鋭い感度、お客さんや弟子に対する温かい眼差しであり、それらが、高い評価を維持し続けている鮨「久遠」の根底に、確かに流れていると実感しました。

以下は、生徒の感想です。

A君「野口さんは、自分の厳しい修業時代のことを次のように話してくれた。『修行によって得られることは、料理の技術を覚え、美味しいものが提供できるようになることだと思っているかもしれないが、そんなことはある程度の時間をかければ誰でも身につけられる。修行期間で最も大切なことは、我慢を覚えることだと思う。修行中は理不尽だと思えることもたくさんあって、やめたいと思うことばかりだったが、理不尽で意味がないという判断も、これまで生きてきた自分流の判断であり、とりあえず何か意味があることだと受け入れてみると、違う世界が見えてくる。そうすると、いつのまのか技術的にも精神的にも進歩している自分に気づく・・・』。こういう考えに触れるのは初めてで、新鮮だった。一流のお鮨屋さんになるために修行を積んだ野口さんを、僕は尊敬する」(中1)

B君「野口さんのお話の中で、『できる人間は、他人の良いところを探し出して取り入れようと努力するが、できない人間は、他人の悪いところばかりを探す』という言葉が、特に印象的だった。自分は、今まさに『できない人』になっていることに気づいたからだ。レポートや数学の課題などが重なって忙しい時に、文化祭などの準備で大変なときに、僕は決まって不機嫌になり、他人のあら探しを始めていた。みんなも忙しいのに、自分だけが忙しく大変だというような態度も取ってきた。これらは、野口さんが言う『できない人』の典型例だ。確かに他人のあら探しをしている時の自分は、あまり良い気分ではなかった。人を批判しているだけでは、自分が次へ進むことはできない」(中1)

C君「『好きでなくてもやってみる。不得意でも頑張る。そうすると何かが見えてくる』。この野口さんの言葉に考えさせられました。一生打ち込める好きな仕事。これまでは、そんな天職を見つけることが人生のスタートラインに立つことになると、思い込んでいたのです。でもこの言葉から、天職とは天から降ってくるものではなく、自分で見つけて獲得していくものだと気づかされました。食わず嫌いにならず、どんなことにも精一杯取り組む。天職は待って得られるものではない。そう考えると学校生活の一つ一つが、天職を見つけるための重要なパーツだと気づきました。職人の方々は、最初から天職を手に入れていたわけではなく、自分の不得意なことにも手を出して努力し、自分の力で天職をつかみ取ってきた人たちのことだと思います。その意味で僕も一人の職人を目指します。今回の講座の主題である『生きること 働くこと 考えること』について、これまでの職人の方々のお話と、それに対する先生方のコメントから考えました。特段の理由がなくても、人は生きてはいける。そして、何が成功した人生になるのかも、今の僕には正直わからない。でも職人として『天職』に就いた方々が僕たちに伝えた話の中に、大切なヒントがあるような気だけはしています」(中2)DSC03488