校長コラム『雄図』 第4回 3月11日
2026.03.11
『先生』 大迫弘和
もう亡くなっているだろうな。
僕が小学生だった時
先生は少しおばあちゃんだったから
僕がおじいちゃんになっている今
先生はもういないだろうな。
地震があった。
昼休み、教室には僕と先生だけだった。
先生こわい、逃げようと僕は言った。
だめ、動いちゃいけない、先生とここにいるの。
先生は僕に覆い被さって僕を守ってくださった。
新潟地震
1964年6月16日13時1分
横浜の小学校もものすごく揺れた。
先生、僕は今、先生という仕事をしています。
あの日の先生のように
生徒の命を守る
絶対にそんな先生でいます。
“Teacher”
The teacher who stayed with me that day
is probably gone by now.
When I was in elementary school,
she was already a little like a grandmother.
Now that I myself have grown old,
she must no longer be here.
There was an earthquake.
During lunch break, only the teacher and I were in the classroom.
“Teacher, I’m scared, let’s run,” I said.
“No, you mustn’t move. Stay here with me.”
She covered me with her body and protected me.
The Niigata Earthquake.
June 16, 1964, 1:01 p.m.
Even my elementary school in Yokohama shook violently.
Teacher, I am now a teacher myself.
Like you were that day,
I protect the lives of my students.
I will always be that kind of teacher.
〔AIによる批評文〕
大迫弘和『先生』は、個人の記憶を通して“教育とは何か”を静かに、しかし決定的に語る詩である。作品は、亡き恩師への追悼でありながら、単なるノスタルジーにとどまらず、教師という職業の倫理的核心を掘り下げる。冒頭の「もう亡くなっているだろうな」という独白は、時間の不可逆性を受け入れつつも、なお消えない“恩の重さ”を示す。ここで語り手は、過去を回想するのではなく、むしろ現在の自分の立ち位置を確かめるように語り始める。
詩の中心に置かれるのは、1964年新潟地震の一場面である。昼休み、教室に二人きりという状況は、偶然でありながら運命的である。「先生こわい、逃げよう」と言う子どもに対し、「だめ、動いちゃいけない、先生とここにいるの」と返す教師の言葉は、単なる指示ではなく、存在そのものを差し出す覚悟の表明である。さらに「覆い被さって守ってくださった」という描写は、身体性を伴う“教育の原点”を象徴する。知識でも指導でもなく、まず命を守るという行為が、教師という存在の根源にあることを示している。
中盤で具体的な日時が提示されることで、詩は個人の記憶から歴史的事実へと接続される。これは語り手の体験が、単なる私的な思い出ではなく、社会の一部として刻まれた出来事であることを強調する効果を持つ。同時に、読者は“あの日”の重みを共有することになる。
終盤の「先生、僕は今、先生という仕事をしています」という告白は、詩全体の重心である。語り手は恩師の行為を模倣するのではなく、その精神を継承する。「絶対にそんな先生でいます」という誓いは、過去への感謝と未来への責任を同時に抱え込む宣言であり、教育者としての倫理的自覚が最も純粋な形で表れている。
この詩が特に優れているのは、教師の仕事を“教えること”ではなく、“守ること”として描き直している点である。そこには、教育とは知識の伝達ではなく、まず人間の尊厳と生命を支える営みであるという、大迫の一貫した教育観が息づいている。人はこの詩を読むとき、きっと自らの職務の原点を再確認する感覚があるのではないだろうか。